2016年




ーーー7/5−−− ガウディの椅子


 
10月に伊那市の「かんてんぱぱホール」で、陶芸と布との合同展を予定している。このホールは、伊那食品の社有施設「かんてんぱぱガーデン」の中に建てられているのだが、施設全体の規模が大きく、内容も立派であり、整備も行き届いている。この地方では誰でも知っているほどの名所であり、週末には県外からも大勢の入り込みがある、ちょっとした観光地となっている。

 先月のある日、そのかんてんぱぱホールの喫茶室で、合同展の打ち合わせをした。一般道で行ったのだが、十分に余裕をみて出たので、ガーデンに到着したのは定刻の1時間ほど前だった。時間をつぶすために施設内をブラブラした。

 「かんてんぱぱミュージアム野村陽子植物細密画館」という名称の建物があった。入場無料なので入ってみた。展示室の中には、たくさんの植物画が掲げられていた。いずれも素晴らしい作品だったが、それらとは別に私の目を惹いたのは、フロアの中央に置かれた椅子だった。一見して、アントニオ・ガウディの椅子だった。

 私は木工家具の道に入った当初、ガウディの椅子の写真を見る機会があった。その生物的な曲線を持つ、ダイナミックなフォルムに、圧倒された。それ以来、折に触れて目にするたび、興味を抱いてきた。今回の椅子は、これまで画像で見た数点のレパートリーの中には無かった物だが、一見してガウディだと分かった。説明書きには、イタリアの専門家による厳密な監修のもとに製作されたレプリカだと書いてあった。ともあれ、ガウディに関する作品の現物を見るのは、これが始めてであった。

 複雑な曲線と、過剰なほどの装飾で、圧倒的な存在感である。それでいて、けれん味が無く、わざとらしさが感じられない。極めて個性的であるが、傲慢さやこれ見よがしの印象は無く、かえって素直な感じがする。だから、場の雰囲気を損なわず、むしろしっくりとマッチする。

 脚が不釣合いとも言えるくらい細く、構造的に無理があるように見えた。ところが、触れてみたら思いの外しっかりとしていて、揺さぶってもビクともしなかった。座板の下になって見え難いが、脚は付け根の部分まで上がるとググっと太くなっている。そのため剛性が確保され、接合強度も高いのだろう。そして腰を掛けてみたら、とても座り心地が良かった。見かけが特徴的であるだけでなく、実用的な面でも十分な配慮がなされているのでる。

 立体的なバランスの良さが素晴らしい。こればかりは、印刷物では伝わってこない。現物を見る事が出来て、幸せだった。こういう椅子を、一度で良いから作ってみたいという気になったが、造形計画と平行して、彫刻の練習が必要だろう。
 



ーーー7/12−−− 材木から釘が出る


 
5月の末に、長野市の材木店へ出向いて、ブラックウォルナットの板を購入した。厚み16cm巾35cm長さ290cmを一枚である。突き板業者から仕入れた材ということで、品質は上々であった。しかし、厚み半分で途中まで縦切りの鋸が入っていて、片側がそこで横切りされていた。何故材の途中で切断されていたのか。材木店の説明によると、その部分まで縦切りを進めたら釘が出たので、作業を中断し、片側だけそこで切断したのではないかとのことだった。仕入れた時点でそうなっていたので、真相は分からないと。

 その材を、挽き直して二つに割って貰った。結果、厚さ8cm強で、長さ290cmのもの一枚と、足してその長さになる二枚の、計三枚となった。そんな変則的な状態だったので、サイズとして不安があった。定番椅子「風神」を二脚作るために購入したものの、ちゃんと木取りができるかどうか、ギリギリだと思われた。

 引き渡すときに、「釘が入っているから、気を付けて下さいね」と店主は言った。ブラックウォルナット材は、米国から輸入されるものが多いが、材の中に銃弾や釘といった金属が埋没していることが、けっこうな確率で有る。

 ブラックウォルナットは、耕作地の境界などに植えられているケースが多いらしい。大木になると、それを的にして鉄砲を撃ったりする。開拓時代や南北戦争の頃に、銃弾が突き刺さったこともあったろう。また、柵や鉄条網を張るために、釘を打ち込むケースも多かったようだ。それらの異物が、当初は樹木の表面に留まっていたものの、年月が経ち、木が生長するにつれて、内部に埋まっていく。そうなると、外見では分からない。

 今回の板も、埋没した釘に悩まされた。製材の際に露出したものは、ほじくって取り出すのだが、どれくらいの長さで、どの方向に伸びているか、掘ってみなければ分からない。途中で曲がっている事もあるし、いくら引っ張っても抜けないと思ったら、最後に頭が現れる事もある。

 さらに厄介なのは、材面に痕跡が無い場合である。木取りをしている最中に、突然丸ノコの刃から火花が出て発見されるのである。そういうものは、対処に苦慮する。まず材に切り込みを入れて、異物の位置を確認するのだが、その切り方で、木取りの計画が狂ってしまう事がある。また、ほじくり出しの作業が思わぬ方向に展開し、せっかく良い部分が台無しになる事もある。

 今回の仕事のように、初めから材のボリュームがギリギリとみなされる場合は、まさに釘一本でも死活問題となる。ところが、一本で済むような材では無かった。右の画像が、今回の材から摘出された釘類である。

白っぽいものは、アルミ製だろうか。色が濃いのは、鉄製である。鉄の釘は、木材に含まれる成分(タンニン)と反応して、周辺を青紫色に変色させる。この変色も、材を使う上で悩ましいものである。周辺の細胞組織に伝播して、かなり広範囲に広がるケースもある。逆に、材面に変色があれば、その中に鉄釘が埋没している疑いがある。

 次々と発見される異物を縫うようにして、細かい線引きで木取りは進められた。結果として、なんとか二脚ぶんの部材を取ることが出来た。まさに幸運、ラッキーの一語に尽きる気がした。単一の材で作れば、出来上がった作品の色や表情が統一される。それに越したことは無い。

 青紫色に変色した部分は、脚の下部になるよう配置した。そういうところなら、塗装をかけて材全体の色が沈めば、それほど目立たなくて済む。もっともこういう部材の変色は、全体の印象を損ねない範囲なら、木というものの一つの性質を表していて、むしろ使って味がある。

 ともあれ、椅子一脚を作るには、その出発点の木取りでさえ、なかなかのストーリーに満ちている。




ーーー7/19−−− メールのトラブル


  
7月の初め、突然パソコンからのメールの送信が出来なくなった。受信は出来るが送信は出来ない。これまで通りの操作をしても、「正しいパスワードを入力して下さい」とか、「送信者のアカウントが認識されませんでした」などの警告が出て、先に進まない。複数のメールソフトを試したが同じ状況なので、ソフトの問題では無いと思われた。サーバーでトラブルが発生したのかと思い、プロバイダのサイトでトラブル情報を調べてみたが、それらしいものはアップされていなかった。

 いろいろやってもらちが明かないので、電話で息子に相談した。シャットダウンして、電源コードもいったん抜いて、しばらくしたら再起動とか、ルーターの電源を切って再投入などのアドバイスを貰ったが、いずれも効果無し。息子としても、故障機を前にしているわけでは無いので、具体的な対応策は探れないと。結局、プロバイダに電話をして聞いてみたらどうかと言われた。もはやそれしかないか。

 電話を掛けたが、予想通りなかなか繋がらない。初めは「現在たいへん混み合っていますので、しばらく後にお掛け直し下さい」との自動音声。何回か繰り返し掛け直したら、通じはしたが、こんどは「順番にお繋ぎしておりますので、そのまま暫くお待ち下さい」というメッセージ。それを数分おきに繰り返し聞かされ、結局30分ほど経ってから、ようやく生の人間の声に到達した。

 相手の女性に状況を伝えると、こちらのアドレスなどを聞かれて、ユーザー確認。それが済むと、「お客様のメールアドレスからの送信機能が停止されています」と、あっさりと言われた。理由を聞くと、私のアドレスから大量のメールが送信されたので、第三者による不正利用、なりすましによる悪用の疑いがあったので、送信機能を停止したとのこと。これについては、既にメールで連絡をしてあり、停止解除の方法も記載してありますが、と言うので、「気が付きませんでした」と答えた。

 「それではこの電話で解除方法をお伝えします」と言い、その後よどみない説明で手順を教えてくれた。パソコンの動作が緩慢で、指示された画面がなかなか出なかったりする。そういう時は、なんだかとても焦る。私が「パソコンの調子が悪く、画面が出るまで時間がかかります」と言い訳をすると、相手は「どうぞ気にしないで下さい。いくらでも待ちますから」と答えた。この返答には、救われた気がした。

 停止解除の方法と言うのは、要するにパスワードの変更である。パスワードを新しく設定すれば、それを知らない者に利用される心配は無い。言われるままに画面を辿り、作業はスムーズに運んだ。最後に相手は、少々申し訳無さそうな声で、「これで手続きは終了しましたが、実際にご利用が再開できるのは明日以降となります」と言った。ちゃんと直るのなら、それくらい待つのは構わない。

 翌日の午前、メールの送信を試みた。ところがダメだった。これにはがっかりした。それでも気を取り直して調べ直し、アカウント設定の画面で「認証を有効にする」にチェックを入れたら、送信が出来るようになった。敵もしたたか、簡単には折れてくれないのである。

 ところで、受信したメールを調べてみたら、トラブルが起きた前日に、告知のメールが届いていた。やはり見逃していたのだ。また、その後封書でも同じ内容のものが届いた。プロバイダは、やるべきことをやっていたのである。

 このように、不正利用を防ぐための安全策が設けられているというのは、安心な事ではある。しかし、そうと知らされるまでの、不可解感、焦燥感は、相当なものであった。




ーーー7/26−−− マイディアライフ


 
二十代の頃、FM東京の土曜日深夜の番組「渡辺貞夫マイディアライフ」を、よく聴いた。テープに録音をして、繰り返し聴いたりもした。当時は多数のテープが有ったが、現在ではたった一つしか残っていない。たまにそれを聴くと、懐かしさがこみ上げる。

 番組は、全てナベサダの演奏であった。ライブハウスで収録したものが多かったが、ときには番組のためにスタジオで録った演奏も流された。外国の演奏家との競演もあったし、ナベサダがテナーサックスを吹くというような趣向をこらしたものもあった。とにかく一時間の番組を、毎回ナベサダのオリジナル演奏だけでもたせるのだから、今から見ればかなりマニアックである。世の中にジャズが流行していたということもあったろうが、ナベサダのカリスマ性も大きな要因だったと思われる。

 私が初めてナベサダの生演奏に触れたのは、大学生の時、吉祥寺のライブハウスに於いてであった。狭い店内で、直ぐ目の前で演奏が展開された。ピアノは本田竹広。渡辺貞夫カルテットに迎えられて間もない頃だったと思う。ナベサダの演奏との相性がとても良いとの評判だった。ライブが終わってからも店内に留まっていたら、突然またセッションが始まった。本田さんのピアノが「ハッピーバースデートゥーーユー」のメロディーを奏でると、バーカウンターの奥からケーキが現れた。ナベサダの40歳の誕生日であった。年齢的にも、まさに絶頂期に入ろうとしていたのである。

 話を「渡辺貞夫マイディアライフ」に戻そう。テープに録って繰り返し聴いても飽きなかったということは、毎回の番組作りに工夫をしていたのだと思う。本場米国のジャズメンの演奏などは、日本人にはちょっとヘビーな部分があり、聴いてて疲れてしまうことがある。そういうものを、立て続けに一時間流されては、うんざりしてしまうだろう。週末の深夜に、落ち着いた雰囲気で楽しめる番組にするためには、ガチガチのジャズだけでなく、日本人の感性に寄り添うようなレパートリーも必要なのである。ナベサダお得意のサンバやボサノバをちりばめたり、スタジオ録音ならではのフルートの演奏を交えたり、選曲や演奏のスタイルに変化を持たせて、リスナーを楽しませようと言う意図が、この番組には感じられた。

 ちょっと言い過ぎかも知れないが、市販されたナベサダの幾多のアルバムよりも、この番組で流された曲の方に、素敵な印象を受けたものが多かったように思う。それだけ、バラエティに富んだジャズのラインナップだったのである。その一方で、ライブこそジャズの原点であると言わんかなの、臨場感やスリリングな感覚も伝わってきた。このようにマニアックな番組が、20年近く続いたのには、いろいろな面でリスナーを捉える魅力があったからに違いない。

 ところで私が持っている唯一のテープ。これまで二回ほどテープが切れ、補修したので音が飛んでいる所がある。40年くらい前の録音なので、音質も悪い。しかし、躍動感に溢れていて、なんとも素晴らしい演奏だ。番組の途中から録音し、途中でテープが終わっているため、またデータが書き記されていないので、何年何月に放送したものかは分からない。ナベサダのカルテットに、トランペットが加わった編成だが、メンバーの名前も分からない。曲の合間のスピーチが英語だから、外国でのライブ音源か。この夜の、乗りにのった演奏を、初めから通して聴けたらと思うが、もはやそれはかなわない。 





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